四畳半の部屋がある。殺風景といっていいような部屋だ。真ん中にテーブル。奥が台所になっていて、そこにドアがあるらしい。 一人の男が入ってくる。この部屋の住人、和賀だ。疲れているようだ。テーブル横に倒れ込む。と、ドンドンとドアを叩く音。 和賀 …誰ですか? 再びノックの音。嫌々立ち上がる和賀。 和賀 どなたですか!? 女 あら和賀さん。いたのね。 和賀 …すいません。家賃はもう少し待ってください。 女 ええ、その事でちょっとお話しがあるの。ちょっと、ここを開けてください。 和賀 いや、ですから、お金ありませんから。 女 そうじゃないの。和賀さん、とにかく、ちょっとここを開けてください。 和賀 家賃の話しじゃないんですか? 女 いいえ、家賃の話しよ。でもね、そうじゃないの。 和賀 あの、部屋散らかってるんで。それに、俺、そろそろ出かけますんで。 女 そう。じゃあ、しょうがないわね。…何時頃帰る予定なの? 和賀 …特に決めてませんけど。 女 じゃあ、後でまた来ます。 和賀 お金、ありませんよ! 女 だから、そうじゃないって言ってるじゃないですか。とにかく、また後で来ます。 女、去る気配。戻ってくる和賀。ごろりと、横になる。と、またノックの音。嫌々立ち上がる和賀。 和賀 だから、お金無いって言ったでしょ!! 和賀、ドアを開ける。勝手に入ってくる男。 和賀 ちょちょっと、なんですか、あなた!? 男 総統だ。 和賀 相当…なんですか? 総統 ヒューラーだ。 和賀 ヒューラーってなんですか? 総統 総統だ。 和賀 だから総統ってのはなんなんだよ。 総統 気を付け!! 和賀、気を付けする。 総統 休め!気を付け!休め!回れ右!右向け右!礼!着席!起立!お座り!お手!ハウス!来い!回れ!飛べ! (えさを投げて)取ってこい!よーし、よしよし。 和賀 何させんだよ!! 総統 君は何だ。 和賀 この部屋の住人だよ。 総統 ならば、当然のことだ。恥ずかしがることはない。君は、我が臣民なのだからな。 和賀 はい?? 総統 酒をもて。 和賀 いや、その前に、…今、なんて言った? 総統 「いや、その前に。」 和賀 あんたがだよ!! 総統 「酒をもて。」 和賀 その前!! 総統 騒ぐな。五月蝿い奴め。ええと、「君は、我が臣民なのだからな。」 和賀 何だ臣民って。 総統 知らんのか。君主国の人民のことだ。 和賀 どこが君主国なんだよ。 総統 ここ。 和賀 ここは、俺の部屋だ。 総統 じゃあ、君は何人だ? 和賀 日本人だよ。ああ、テンノーがどうとかいう人なの、あんた。俺、政治には興味無いから。 総統 残念ながら、君は日本人ではない。 和賀 じゃあ、何人だよ。 総統 だから、我が臣民だ。 和賀 なんで、そうなるの。いつ、俺があんたの臣民って奴になったんだよ。 総統 先程、この部屋は我が国によって征服され、併合されたからだ。 和賀 …なんのこと? 総統 今言った通りだ。この地は我が帝国の領土となった。よって君は、わが帝国の臣民だ。わかったかね? 和賀 はあ。あの、つまり、この部屋は、あんたの国になったと。 総統 そうだ。 和賀 それで、あなたが総統陛下だと。 総統 閣下だ。 和賀 総統閣下だというわけか。 総統 その通りだ。 和賀、笑う。 総統 なにがおかしいのだ? 和賀 冗談だろ? 総統 事実だ。 和賀 んなわけないでしょ。 総統 何故そう思うのだ? 和賀 何故も何も、つまり、この部屋を独立国にするってことでしょ?そんなことできるわけないじゃないですか。 総統 君は、国家の三大要素を知ってるかね? 和賀 いいえ。 総統 国家とは、国土と、国民と、政府の三つから成り立っている。我が帝国は、小さいとは言えどもこの三つの要素を有している。絶対主義国家であるから、政府は、私だ。 和賀 国民は? 総統 君だ。 和賀 国土は。 総統 この部屋。 和賀 誰の許可をもらったの。 総統 許可など必要無い。 和賀 そんなわけにいかんでしょ。 総統 よろしい。では聞くが、例えばそう、日本国という国がある。 和賀 ここが日本だよ!! 総統 この日本国は、誰に許可をもらって建国されたのだ? 和賀 ………それは、昔からあったからいいんだよ。 総統 残念ながら、昔からあるわけは無い。この世に存在するありとあらゆる国家は、いつか、誰か達によって建国されたのだ。そこに住んでいた人々を従えて、あるいは滅ぼしてな。人類が生まれる前に、国家が存在したか? 和賀 ああ、わかった。神様に許可貰ったんだよ。建国神話とかあるでしょ。 総統 いい所をついているが、それも違う。建国神話では、大抵の場合神の命令によって建国が行われる。人間が勝手に作ったものに許可を与えることは無い。何故か?神は、人間によって作られたものだからだ。誰でも、自分の存在に、自分の行動に、許可が欲しいからな。止まれ。とにかく、誰かに建国の許可を取る必要は無い。強いて言えば、国家を構成するものの共同認識があればいいのだ。 和賀 ちょっと待て。つまり、俺とあんたが、ここは独立国だよって思ってればいいっていうわけか? 総統 まあ、そうだな。 和賀 じゃあ、断る。 総統 ほ? 和賀 俺はあんたの帝国の国民なんかにはなりたくない。だから建国も認めない。以上。さあ、とっとと出てってくれ。 和賀、総統を追い出そうとする。 総統 まあ、待て。 和賀 待たないよ。あんたはどうやら、なんか企んでるらしいけど、そんなもん関わりたくないし、俺にはどうでもいい事ばっかりだ。ここは、俺の部屋だ。俺が、自分で見つけて自分の金で借りてるんだ。 総統 今はそうじゃない。 和賀 …確かに何ヶ月か滞納してるけど、それだって、いつか返すつもりだし、 総統 その必要は無い。 和賀 なんでだよ。あんたが払ってくれるのか? 総統 この地は、我が国の領土だと言ったはずだ。払うとしたら、私に住民税を払うべきだ。と、言いたいところだが、なにせ占領直後だ、当分の間、住民税は免除しよう。 和賀 …もし大家が怒鳴り込んできたらどうするんだ? 総統 何故、大家が怒鳴り込んでくるんだ? 和賀 何故って、だって、家賃溜まってるからねぇ。泣き寝入りはしないよ、あの大家は。 総統 問題無い。 和賀 どうして。 総統 その件はすでに解決済みだ。 総統、一枚の紙切れを出す。 和賀 領収書?…対日友好親善資金として?? 総統 無用な戦争は避けるのが、我が国の基本的な外交姿勢だ。 和賀 …これ、溜まってた家賃の分? 総統 そういう言い方もあるな。 和賀 なんでこんなことしてくれるの? 総統 国民あっての、国家だからな。…で、どうするね?我が国の一員となるか、ここを即刻出て行くか。 和賀 即答しなきゃだめなの? 総統 うむ。 和賀 出てくのはちょっとなぁ。 総統 どうするのかね? 和賀 わかったよ。なるよ。賎民だっけ? 総統 臣民だ。 和賀 そう。その臣民に。 総統 よろしい。ここに、我が帝国が正式に成立した。それを祝して、建国の宴を行う。酒をもて。 和賀 …酒、無いんですけど。 総統 ならば、買ってまいれ。 和賀 金も無いです。 総統 しからば、国費から捻出しよう。ほれ。 総統、懐から裸のお札の束を取出し、数枚を渡す。 和賀 (お札を見て)何ですかこれ。 レポート用紙などを切って、「一我が国ペセタ」とマッキーで書いている。 総統 金だ。ちなみに、現在一我が国ペセタは、千三百四十五円五十五銭だ。 和賀 なんで? 総統 私の持っている日本円が、百三十四万五千五百五十円で、発行した我が国ペセタは百枚だけだからだ。 和賀 ??そういうものなの? 総統 そういうものだ。 和賀 とにかく、この辺じゃ使えないんで日本円でくださいよ。 総統 仕方ないな。よこせ。 総統、しばらく計算をして、 総統 両替手数料を引いて、三千円。 和賀 それ、ずいぶんぼったくってないか?っていうか、国家事業でなんで手数料がかかるの? 総統 馴れ合いはいかんからな。 和賀 馴れ合いねぇ。…もう少し、出ませんか?予算。 総統 不足か。 和賀 三千円じゃあんまり、いいもの買えないですよ。 総統 いいものとは何だ? 和賀 いや、だから、うまい酒とか、ツマミとか…せっかく、あれですから。ね? 総統 あれ? 和賀 だから、建国記念でしょ?パッとやりましょうよ。 総統 酒やツマミで、式典の良し悪しを決めるのはどうかな。必要なのは、我が国の建国に相応しい、荘厳さと高貴さと華やかさとを兼ね備えた式典であることだ。 和賀 ですから、そーゆー式典にするには、酒やツマミも大事な要素でしょ。 総統 君は、我が国を馬鹿にするのか? 和賀 は? 総統 我が国は、高い精神性をもった者達によって築かれた国家だ。よって、彼らは精神的に満たされることを、最も請い願う。私が言ったのは、つまり、彼らが真に求めることだ。精神的に満たされる式典。酒だのツマミだのコンパニオンなど、彼らは必要とせん。 和賀 いや、するする。俺は、うまい酒飲みたいし、いいツマミ食いたいし、コンパニオンと仲良くしたいよ。出来るんならね。 総統 それは、君の本心か? 和賀 まあねぇ。 総統 撤回するつもりは無いか? 和賀 撤回って。ただ、そう思うってくらいなんだから別に、 総統 撤回はしないんだな? 和賀 …いや、それはしてもいいけど。たいしたことじゃないでしょ? 総統 いいや、そうではない。君は、我が帝国の臣民としてあることを自ら否定したのだ。つまり、自分を非国民であると主張したことになるのだ。 和賀 だって、ちらっと思うくらい、誰だってあるでしょうが。 総統 あってはならんのだ。 和賀 そんな無茶な。 総統 なにが無茶だ。君は、我が国の理念を侮辱するつもりか。 和賀 してないでしょ、そんなこと。 総統 してるじゃないか。 和賀 してない。 総統 してる。 和賀 してない。 総統 してる。 和賀 してない。 総統 よし、なら裁判で白黒つけよう。判決を言い渡す。我が帝国ならびに総統閣下に対する不敬罪、および、国家反逆罪により、死刑とする。 和賀 死刑って、いつ裁判したんだよ!? 総統 たった今だ。弁護士も付け、陪審員も付け、全国民に公開した。他の独裁国では考えられぬ公正さだ。本来なら、そこまでする必要も無いが、宣伝省の要請でね。 和賀 やってないだろ!弁護士がどこにいるんだよ! 総統 私だ。 和賀 陪審員は? 総統 私。 和賀 裁判官は!? 総統 裁判官も、検察官も、裁判所の警備員も、受付嬢もみんな私だ。 和賀 そんないいかげんな。 総統 また一つ、罪が増えた。死刑の後、もう一度死刑とする。 和賀 この野郎。 和賀、つかみ掛かろうとする。総統、懐から拳銃を取りだし、和賀に突き付ける。 和賀 なんだよそれ… 総統 拳銃だ。 和賀 何でそんな物持ってるんだよ? 総統 君を銃殺するためだ。 和賀 じゃなくて!どこで、そんな物手に入れたんだよ!? 総統 国家機密だ。君が望むなら、絞首刑にしてもよいが。 和賀 どっちもやだよ。 総統 なら、勝手に決めさせていただこう。(拳銃を向ける) 和賀 あ、でも、ここで撃ったら、音が出て大変じゃないかな。音、筒抜けだし、それにほら、大家もうるさいし…。 総統 じゃあ、絞首刑にするかね? 和賀 いや、そうじゃなくて! 総統 そうか。では、やはり銃殺にしよう。始めるぞ。(拳銃を向ける) 和賀 待って!!…そうだ、俺、亡命した。たった今。 総統 何? 和賀 俺は、日本国に亡命した。これで終わりだ。 総統 考えたな。だが、残念ながら、ここは我が国の領土だ。亡命するつもりなら、我が国の領域を出てからその意思を表明すべきだな。 和賀 それはちがうぞ。さっき、あんた言ったろ。共同認識が必要だって。俺は、亡命する。同時に、この国の存在を否定する。そうすれば、この国は成立しなくなる。この国が成立しない以上、国の領土も成立しない。もともとここは日本国だから、もうすでに、俺は亡命してるんだ。俺を殺したら、殺人罪だぞ。日本国の法律で裁かれるんだ。ざまーみろ!! 総統 …見解の相違だな。意見が合わない以上、力のある方が正義だ。(撃鉄をあげる) 和賀 待って待って、ごめんなさい!!謝ります!!でも、あの、国際世論も気にした方がいいでしょ?ねぇ?今、ここで俺を殺したら、虐殺だぞ。他の国に叩かれるぞ。 総統 かまわん。言いたい者には言わせておけばいい。所詮は、奴等の情報操作に翻弄されるだけの真実を見定めることもできない連中だ。 和賀 でも、そーゆー奴でも力持ってるよ。開戦の口実を与えるべきじゃない。うん。 総統 要らざる心配だ。君は、我が国の臣民ではないのだろう? 和賀 いや。違う。臣民です。やっぱり臣民です。亡命なんて冗談ですよ。だから、許してくださいよ。偉大な総統閣下ともあろう御方が、こんな、どうでもいい奴に対して、本気になって怒ってちゃだめですよ。大人気無い。 総統 何? 和賀 うそです。大人です。大人は大きい人と書くじゃないですか。器の大きいところを見せてくださいよ。 総統 何を言ってるんだ君は? 和賀 民は生かさず殺さずがいいって言うでしょ?本当、そー思います。閣下は君子です。帝王です。大統領です。 総統 大統領ではない。 和賀 大統領じゃないです。そうです。私が間違ってました。私は未熟者です。閣下の言う、高い精神性を持った臣民になるよう努力します。本当です。 総統 なれるか? 和賀 なります!閣下の御指導をいただければなれます。やりますよ、ほんと。 総統 何をやるのだ? 和賀 何をって、なんでもやりますよ!閣下に命令をいただければ。御命じください。 総統 じゃあ、死んで見せてくれたまえ。 和賀 はい!…それは、あの、…ちょっと、 総統 できないのか? 和賀 いやぁ、ははははは。だめですよ、そんな、 総統 死なないのか?私が命じているのに? 和賀 死にます。はい。…でも、今じゃありませんよね?今、死ぬのは得策じゃありませんよ。 総統 何故だね? 和賀 だって、その…無駄死にじゃないですか。 総統 君の忠義の程がわかるだろ。 和賀 そりゃ、そうですけど。なんか、その。…他の事ならなんでもやります。ほんとです。 間。 総統 …まぁいい。信じようじゃないか。君を、改めて我が帝国の臣民として認めよう。 和賀 ありがとうございます!! 総統 では、朝食の用意をいたせ。 和賀 朝食…ですか? 総統 何を怪訝な顔をしておる。 和賀 だって、夕方ですよ。 総統 我が国では、今が朝なのだ。だから、朝食だ。 和賀 そんな、アホな。 総統 アホな、だと? 和賀 いや、アホじゃないです。本当です。準備させていただきます!!はい!! 和賀、台所に去る。台所でなにやら準備する気配。間、総統、ポケットから小汚い手帳を取りだし、読み出す。 総統 …我が帝国は、こうして生まれた。すなわち、全てを統べる神、ロールが、原始の女神を食らい、残った骨を砕き、海の水で練って新しい大地を築いた。 そして、その大地に自らの子供を降り立たせた。この子供こそ、我が帝国の初代にして最後の絶対皇帝、ローエングリム一世である。…ローエン…ロシュフォール…ローゼンクロイツ、なんか、どれも聞いた事ある名前ばっかりだな。もうちょっと、こう、独特な名前は無いかな。ラ、リ、ル、レ、…カ、キ、ク…上っついたのはちょっとな。ダ、ヂ、ヅ、デ、ド、…ドルバッキー一世!!弱そうだな。…うーん… 準備を終えた和賀、入ってくる。速やかに手帳をしまう総統。 和賀 閣下。朝飯ですが。 総統 うむ。御苦労。 和賀、器を並べる。 和賀 なんですか、今の。 総統 何でもない。 和賀 スケジュールかなんかですか? 総統 何でもないと言っておる!! 和賀 …はあ、そうですか。 総統 (朝飯を見て)なんだこれは。 和賀 …しょうがないでしょ、碌な材料無いんだから。 総統 その事ではない。このぐちゃぐちゃした奴だ。 和賀 卵焼きですよ。スクランブル・エッグ。知らないんですか? 総統 知っておる!!何故、朝食にスクランブル・エッグなぞ出すのかを聞いておるのだ! 和賀 スクランブル・エッグ、嫌いなんですか?なら、言ってくださいよ。 総統 好きとか、嫌いとかの問題ではない!!これは、邪道だ! 和賀 なんですか、邪道って、 総統 朝の卵料理といえば、茹で卵に決まっておる!! 和賀 茹で卵、俺嫌いなんです。殻剥くの面倒じゃないですか。 総統 あれはな、セロテープをぐるっと巻いて、そこをコッコッと割ってから、テープをはがせば、上下に分かれて簡単に取れるんだ。そうじゃない!そういう、テクニックの問題では無い。茹で卵は、卵料理の王道だ。シンプルにして難しく、あっさりしていて、しかし、奥の深い味わいのある料理なのだ。また、朝食は、一日を始めるにあたって要となる行為だ。そういう時には、王道と呼ぶに相応しい料理を選ぶべきで、 和賀 はいはい、わかりました。次から、茹で卵にします。 総統 …わかればよい。(味噌汁を飲んで)なんだこの味噌汁は。 和賀 なんですか今度は。 総統 麩が入っているではないか。 和賀 いけませんか? 総統 なんで、こんな物を入れるのだ。麩なんてのは、すき焼きで使うものだ。 和賀 はぁ?すき焼きに麩を入れるんですか? 総統 常識だ。味噌汁に入れるものではない。 和賀 それ、どこの常識ですか?うちの実家では入れてましたよ。勿論、毎回じゃなかったですけどね。 総統 なら、君の実家は邪道の一族なのだ。 和賀 …でも友達のうちでも入れてたらしいし、近所の食堂の定食の味噌汁にも入ってましたよ。 総統 全て、邪道の人々なのだ。 和賀 ちょっと、それは納得いかないな。 和賀 じゃあ聞くけど、あんた 総統 閣下。 和賀 閣下は、なにが好きなんだ? 総統 オムライスだ。 和賀 おむらいすぅ?あんなの餓鬼の食いもんじゃねえか。 総統 断じてそうではない! あの料理は、洋食の基本だ。あの料理を作らせればその料理人の腕がわかると言われておるのだ。 和賀 また基本か。 総統 では、お前はなにが好きなのだ? 和賀 カレーだな。それも超激辛の奴。タイカレーなんかも好きだな。 総統 外道だな。 和賀 何だ外道って。カレーだって基本じゃねえか。 総統 基本なものか、あんな辛いもの。辛いものは、消化器系に負担がかかる体に悪い物なのだ。体に悪いものは、邪道を通り越して外道だ。 和賀 そんな事言ってたら、あんたの食うものしか食えなくなるじゃねえか。 総統 あんた? 和賀 閣下!! 総統 それで、いいではないか。 和賀 どこが良いんだよ!? 総統 仕方あるまい。何事にも、秩序を求めるのが我が国の国是だ。そして、その秩序 は、私を中心として築かれるのだ。私が総統だからな。 和賀 つまる所、あんたのわがままに付き合えと。それが秩序だと言いたいわけか。 総統 わがままとはなんだ、わがままとは。 和賀 わがままじゃねえか。 総統 我が国は、私と一心同体であり、私の意志、感情、思想を体現するために、我が国は存在しているのだ。わがままとは違う。私は、我が国であり、我が国は私だ。わかるか? 和賀 じゃあ、俺は何だ? 総統 君は、我が臣民だ。 和賀 臣民てのは、帝国の一部じゃねえのか? 総統 そうだ。 和賀 じゃあ、俺の意思だって認めらていいんじゃないのか? 総統 何故そうなるのだ?我が国は、総統である私を中心とした絶対主義国家であると、何度も言っているだろう。どうも君はまだ民主主義に毒された日本人のつもりらしいな。じゃあ聞くが、私はなんだ? 和賀 総統だろ。 総統 総統とは何だ? 和賀 …いや、だからそうじゃないんだよ。そうじゃなくて、 総統 なにがそうじゃないんだ? 和賀 総統がどうとか臣民がどうってのはもうわかってるんだよ。俺が言いたいのは、つまり、…なんでなんだ? 総統 は? 和賀 おまえは何故総統なんだ?俺は何故臣民なんだ?なんでここが国なんだ? 総統 それはさっき説明したであろうが。聞いてなかったのか? 和賀 いや聞いてたけどさ。 総統 理解できなかったか? 和賀 出来てると思うよ。 総統 なら良いではないか。 和賀 …それが、どうも良くないんだよなぁ。 総統 何が!我が帝国は私と言う総統を中心に存在している。私は国家。国家は私。私の私による私のための政治を行うことが我が国の国是だ。そして、それこそが、我が国の存在理由であり、私と言う総統の、そして君という臣民の存在理由でもある。同じ事を何度も言わせるな。 和賀 そうだ! 総統 そうだろ。 和賀 違うよ、そうじゃなくて。そうなんだよ。だから、俺が言いたかったのは、お前一人でやれば良いじゃないかってことなんだよ。 総統 何を言ってるんだ、国民のいない国家など無い。 和賀 あんたがいるじゃないか。あんたの、あんたによる、あんたのための国家をつくるなら、あんた一人で十分だろ。いや、むしろあんた一人の方が都合がいいじゃないか?文句付けられなくて済むもんな。 総統 君がもっと我が国の建国理念をしっかり理解し、それを実現していけばいいだけだろう。 和賀 したくないんだよ。 総統 は? 和賀 俺は、あんたの国の理念なんか実現したくないんだよ。あんたに銃で脅されたから仕方なく臣民やってるだけなんだよ。だから文句言うよ。当たり前だろ。 総統 そうか。 和賀 そうだよ。 総統 それで? 和賀 今、決めた。俺、この部屋出てくから。 間 総統 それは、亡命するという意味か? 和賀 そうだよ。 総統 もう一度聞くぞ。君は本当に、 和賀 くどいな、出てくって言ったら出てくんだよ。 間。総統、拳銃を取り出す。同時に、和賀、金属バットを取出す。 総統 なんだそれは。 和賀 さっきあんたが文句を付けた朝食に使った卵と麩と味噌を買った、三丁目の伊藤商店の隣にある大沼スポーツの店頭に、いつも置いてあった、埃をかぶった売れ残りの金属バットさ。買った時、店員がレジで三割引してくれたよ。 総統 そんな物何で持ってるんだ? 和賀 あんたを殴るためだよ。 総統 そんな物で銃に対抗できると思ってるのか?私が引き金を引けば、それで終わりだぞ。 和賀 引ければな。 総統 どういう意味だ? 和賀 あんたには、引く理由が無いってことさ。だってそうだろ?あんたが銃を向けてるのは、俺が亡命するのを防ぐためだ。つまり、五体満足でこの国にとどめなければならないんだ。死んでしまったり、ひどい怪我してしまったら、意味無い。でも、俺のバットは違う。俺の邪魔をする奴には、容赦無く振り下ろされるんだ。 総統 大層な自信だが、私がそんな甘い考えでいると思ってるのか? 和賀 思ってるよ。 総統 …覚悟があるのか。 和賀 何が? 総統 そのバットで、私を殺す覚悟があるのかと聞いているんだ。 和賀 試してみるか? 構え、にらみ合う二人。間。と、ノックの音。 総統 ノックだぞ。 和賀 ノックだな。 総統 出ないのか? 和賀 お前が出ろよ。 間。再びノックの音。 和賀 どなたですか? 間。再びノックの音。 総統 動くなよ。 和賀 何する気だ。 総統 出ろと言ったろ。 和賀 出てどうする気だよ。ここは俺の部屋だぞ。 総統 何を言ってるんだ。我が帝国だ。 和賀 違うよ。 総統 違わない。 和賀 違うよ。 総統 違わない。 ノックの音。 和賀 わかった。とにかく出てみろ。 総統 何故、お前が私に命令するんだ? 和賀 命令なんかしてないだろ。あんたが自分で出るって、 総統 言ったとも。だが、私が言うのと、お前から言われるのでは、大きく違うだろう。 と、入ってくる大家。 女 入りますよ。和賀さん、さっきの話しですけどね、 和賀 あっ!大家さん。 女 (ふたりに気が付いて。)まあ、いけないわ。けんかは、おやめなさい。 総統 いや、我々は 女 いいえ、してました。してたんでしょ? 総統 してない。 女 (拳銃を指して)じゃあ、あなたのそれはなんです? 総統 これは、(和賀を見て)なんでもありませんよ。 女 何でもないものなんてありません。そうでしょ?それは拳銃なんでしょ? 総統 いや、これは、その、おもちゃですよ。(和賀へ)なあ、そうだろ? 女 そうなの? 和賀 ええと。まあ、そうですかね。 女 じゃあ、あなたのそれも? 総統 もちろん、そうです。 女 あなたには聞いてません。和賀さん、どうなんです? 和賀 ええと、そうです。おもちゃみたいなものです。 女 本当に? 総統 ええ。我々は、ちょっと遊んでいたんです。本当は友達なんですよ。 和賀 友達じゃないだろ。 女 友達じゃないの? 総統 そう、厳密にいえば友達以上というか、まあ、そんな感じですな。 女 そう。遊んでいたのね?友達以上同士で。 総統 そうですとも。 和賀 違うよ。俺達は、 総統 (和賀に)面倒なことにしたいのか? 女 どうなの? 和賀 まあ、そういう事にしておきます。 女 じゃあ、けんかしてたわけじゃないのね?おもちゃで遊んでいただけなのね? 総統 そうですとも。 女 (総統に)じゃあ、あなた、この人を撃ちなさい。 総統 は? 女 出来ないんですか? 総統 いや、出来ますが、しかし、 和賀 待てよ、死んじまうだろうが!! 女 死んじゃうんですか? 総統 死にませんよ。だって、おもちゃなんだから。 和賀 違うだろ!…そうなのか? 総統 何が。 和賀 だから、その拳銃は、おもちゃだったんだな?本当は。 総統 …そうだよ。そうに決まってるだろ。遊びなんだから。 女 出来ないんですか? 総統 出来ます。やりますよ。 総統、わざと外した所をねらう。 女 それじゃ、当たらないじゃないですか。 総統 いや、だって遊びなんですから。 女 遊びだからこそちゃんと狙うんじゃないですか。それとも、本物なんですか? 総統 違いますよ。わかりました。ちゃんと狙います。 総統、和賀に狙いを付ける。 総統 ちゃんとよけろよ。 和賀 待て!!それはどういう意味なんだよ? 女 早くしなさい。 総統、撃つ。バン!!間。 和賀 出たじゃねえか!! 総統 出てないよ。火薬が入ってたんだよ。音がするように。 女 倒れて!! 和賀 は? 女 あなた、撃たれたんだから、倒れなくちゃ。 和賀 そうじゃなくて、本当に撃たれたんだよ、今!! 女 本当に? 総統 倒れろ、早く! 和賀 あんたなぁ、 女 遊びじゃないの? 総統 倒れてくれ。な。頼む。 和賀 後で見てろよ。 和賀、倒れる。 和賀 うわぁ。撃たれたぁ。 女 じゃあ、次は、(和賀に)あなたこの人を殴りなさい。そのバットで思いっきり。 総統 え!? 和賀 何故!? 女 …どうも変ね。あなたたち、本当は、 総統 いえ、大丈夫です!!(和賀に)な、大丈夫だろ?その辺、わかってるよな。 和賀 何を? 総統 何を、じゃないよ。さっき、ちゃんと外してやったろ? 和賀 じゃ、やっぱり本物だったのか!? 女 本物? 総統 そうじゃないよ。おもちゃだよ。だけど、外してやったじゃないか。 女 当たってたでしょ。だってあの人、倒れたじゃないの。 総統 だって、それはあなたが、 和賀 まあ、いいよ。殴ればいいんだろ?こいつで、思いっきり。 総統 …待て!本気で殴る気か? 和賀 大丈夫だよ。だって、こいつはおもちゃのバットなんだろ?あんた、そう言ってたじゃないか。 女 そうよ。 総統 でも、遊びでしょ?本気はまずいですよ。 女 遊びだからこそ、本気で遊ばなくちゃ。 総統 でも、それは本物なんですよ。 女 え? 和賀 いや、おもちゃですよ。本物のおもちゃだって言いたかったんです、こいつは。 女 ああ、そうよね。 総統 いや、そうじゃなくて、 和賀 さぁて、バシッと行きますか。 総統 待て!!待ってくれ! 女 そうよ。あなた、その怖がりかた良いわ。 和賀 覚悟しろ。 和賀、バットを振り下ろす。総統、それをよけ、拳銃を突きつける。 女 あなた、駄目じゃないの。怖がりながらも受け入れなくちゃ。あなた、この人を信用してないんですか? 総統 うるさい!!もう止めだ。 女 何を言ってるの。そんな、自分勝手な…。 総統 黙れ!!この拳銃が見えないのか!? 女 (ニガ笑いしている。)見えますよ。見えますけどねぇ。 総統 休め!気を付け!休め!回れ右!右向け右!礼!着席…。 和賀は、言う通りにするが、女は可笑しそうに見ている。 総統 何故、言う通りにしないか!? 女 だって、何故言う通りにしなければならないんです?そうでしょ?あなたに、そんな権限は無いじゃないですか。そりゃ、和賀さんはあなたに家賃立て替えてもらったんだから、言う事聞かなきゃいけないかもしれませんけど。 総統 ある。 女 あら、どうしてですか? 総統 私が、総統だからだ。 女 相当、おかしいんですか? 総統 ヒューラーだ!!私は、我が帝国の総統であり、あらゆる権限の源だ。 女 ああ、その総統ですか。そういえば、さっきもそう言ってましたね。で、その帝国って言うのはどこにあるんですか? 総統 ここだ。この部屋が、我が帝国の領土だ。 女 …ああ、そうか!(和賀に)ねぇ、そうなんでしょ? 和賀 なんです? 女 つまり、新しい遊びなんでしょ、これは?だって、ここは私のアパートじゃないですか。領土というなら私の領土よ。でもそうじゃないんでしょ?そうじゃなくて、あなたの帝国だってことにして、国家遊びをしようって言うんでしょ?違います? 和賀 いや、まぁそんな所ですけど… 総統 違う!!貴様、何を言ってるか!! 女 でも、ちょっといいかしら? 総統 …なんだ? 女 この部屋全部、あなたの帝国だって言いましたね?でも、それじゃ面白くないじゃありませんか。 総統 面白いとか、面白くないとかじゃない!!そう決まってるんだ! 女 わかってますよ、それは。私は、別にそれがいけないとは言ってませんよ。でもね、一つの国に、一人の王様じゃ、話が発展しないでしょ?ですから、(和賀に)この方も王様になるべきだと思うんですよ。 総統 何? 和賀 は? 女 いや、ですからね、一つの国に一人の王様じゃ、その人の言うことを聞いてお終いじゃないですか。でも、王様が二人なら、変化が起こるでしょ?…わかります? 和賀 はぁ… 総統 何故そんな必要があるんだ!?二人も王がいたら、混乱の素じゃないか!そうだろ?それは歴史が証明している!! 女 そうでしょ!そうなのよ。だから、この人も王様にしましょう。 総統 いや、だから、 和賀 面白いな、それ。 女 でしょ? 総統 面白くない!! 女 そりゃ、そうですよ。誰だって、唯一人の王様になりたいものです。だからこそ、もう一人王様がいたら面白くなるんじゃないですか。 総統 何を言ってるんだ!これは、遊びじゃない!! 女 だから、本気で遊ぶんでしょ? 総統 違う!!もういい。お前は黙れ。 女 そんな。あなた、少し興奮し過ぎじゃないですか? 総統 黙れと言ってるのがわからんのか!黙らんと撃つぞ!! 女 だから、ちょっと落ち着いた方が 総統 黙れ!! 総統、銃を撃つ。外れて和賀をかすめる。和賀びっくりするが、女、びくともせず、総統の手から銃を取り上げる。 女 ほら、落ち着いて。ね、これは、私が預かっておきましょう。その方が良いでしょ。(和賀に)あなたも、そのバットを私に預けて。 総統 …あ、こら。 女 (和賀から、バットを受け取って)当たり前でしょ。おもちゃで人が死ぬはず無いじゃないですか。さて、じゃあ、領土を決めましょう。あなた、その二畳。あなたは、その二畳。この半畳を紛争地域にしましょう。どうです? 和賀 紛争地域? 女 そう。あなたとこの人は、ここをめぐって争うの。いいでしょ? 和賀 争うって、どうやって? 女 それは、あなたがたが自分で考えることよ。台所は、私の監視地域にしますね。 総統、立ち上がる。 女 どうしたの? 総統 …もう、いい。 女 …何が「もういい」なの? 総統 (女を見て、何か言いかけるが)…もういい。 和賀 おい、どうしたんだよ。 総統、部屋を出て行こうとする。やがて、戻ってくる。 総統 (女に)何をした!? 女 え? 総統 ドアに何をしたかと聞いているんだ! 女 開けて、閉めました。 総統 そんな事は聞いてない!!閉めた後、ドアに何をしたんだ!? 女 何もしてません。 和賀 ドアがどうしたんだよ? 総統 開かないんだよ。 和賀 鍵は? 総統 外した。 和賀 どれ… 和賀、ドアの方に向かう。 女 開かないんですか? 総統 しらばっくれるな!!お前が何かしたんだろ!? 女 何もしてませんよ。 総統 いいや、お前が何かしたに決まってる! 女 そんな。そんなことして、私に何の得があるんです?出れなくなったら、困るのは、私じゃないですか。そうでしょ? 総統 うるさい。うるさい。とにかく、お前のせいだ。お前が悪いんだ。 和賀、戻ってくる。 和賀 まいったな。全然開かないよ。立て付け直しといてくれなかったんですか? 女 だって、あなた家賃払わなかったじゃないですか。 和賀 …そりゃ、そうですけど。 総統 誰にやらせたんだ!! 女 何のことです? 総統 壁に打ち付けたんだろ?お前が入ってきた後、お前の仲間が。 和賀 そうなんですか? 女 そんな訳無いじゃないですか。この人、さっきからずっとこの調子なんです。私が全部悪いって。でも、考えて見てください。なんで、自分のアパートの部屋の扉を打ち付けなくちゃならないんです?おかしいでしょ? 総統 おかしくない! 女 あっ… 総統 何だ?何故なんだ?はっきり言え!! 和賀 落ち着けよ。あの、心当たりがあるんですか? 女 いいえ、でも…いや、そんな訳無いわね。 和賀 なんです?何か知ってるんだったら言ってくださいよ。 女 …あのね、(総統に)あなたなにかヤバイことしてませんか? 和賀 ヤバイことって? 女 いえね、この部屋の前に、コートを着た男の人が立ってたんです。その人がどうやらそーゆー人らしいんです。 和賀 そーゆー人って? 女 つまり、その、警察とか、CIAとかですよ。 和賀 警察? 総統 CIA!? 女 ええ。その人、帰りがけ私に「あの部屋に住んでるのはどういう人ですか?」って聞いてきたの。 和賀 で、なんて答えたんです? 女 もちろん、和賀さんのことお教えしましたよ。この人もいるとは思わなかったですからね。そしたら、「他に誰か住んでませんか?」って。「いいえ」って言ったら、人をジロジロ怪しそうに見ながら帰っていったんですよ。どうです?あなた、心当たりあるんじゃないですか? 和賀 何かやったのか? 間 総統 …やるわけないじゃないか。私は総統だぞ。あっ、だからだ。私が総統だから狙われてるんだCIAに。 和賀 そんなわけないだろ。だって、なんで、こんな自称総統が狙われるんです? 総統 …君は何も分かってない。それこそ奴等の仕事なんだ。 和賀 はい? 総統 奴等は、アメリカを中心とした世界秩序の構築と維持を目的として戦略を立て、行動している。我が国は、その戦略上の大きな障害になるからだ。 和賀 なんでだよ!? 総統 わからないのか?アメリカ独立宣言の三大スローガンは、何だ? 和賀 知らん。 総統 自由、平等、博愛だ。しかし、奴等は、 女 それ、フランスじゃなかったかしら? 総統 なに? 女 フランスの、国旗の三色が表わしてるのがその三つだって聞いたけど。 総統 そんな細かいことはどうでもいい。 和賀 良くないよ。 総統 黙れ!問題なのは、我が国が奴等と思想的に対立状態にあるってことだ。 女 そうなの? 総統 そうだ。我が国のモットーは、私の私による私のための政治だ。そして、私を中心とした一元的な秩序の構築こそ、その存在理由だ。それが、奴等には鬱陶しいのだ。 和賀 そんな馬鹿な。 総統 馬鹿なものか。歴史の教科書を紐解いてみろ。奴等によって排除されていったたくさんの同胞達が載っている。独裁者、狂人、悪魔と渾名されながらな。だが、それはもちろん、彼らのプロパガンダに過ぎん。彼らは皆、美しい秩序を求め、国家を愛し、人々を清浄な地へ導こうとしていた。そして、それを邪魔し、無秩序や、悪平等や、見かけの博愛を押し付ける奴等に鉄槌を与えるために立ち上がったのだ。 和賀 待てよ。その、奴等って言うのは誰だ?CIAか?アメリカそのものか?なんか、文脈がおかしいぞ。 総統 五月蝿い!!貴様は、尊い同胞達を侮辱するのか!? 和賀 してないよ。そうじゃなくて、 女 いいえ、和賀さん。私してると思うわ。つまり、侮辱をね。 総統 ほらみろ。してるじゃないか! 和賀 してないって!!俺はただ、話がごちゃ混ぜになってるって言ったんであって、 総統 私のどこがごちゃ混ぜだ!! 和賀 お前はずっとごちゃ混ぜだよ!! 女 つまり、アメリカ的だと言いたいわけね? 和賀 違う!何だよそのアメリカ的って言うのは。何がどうアメリカなんだよ。 総統 貴様はそんな事も分からんのか!! 女 本当にねぇ。 和賀 ちょっと待て。大家さん。あんた、さっきから何なんだよ。あんたはどっちの味方なんだよ! 女 あら、私、どっちの味方もしてるつもり無いわよ。あくまで事実を述べてるだけだわ。 総統 そうだ。そうですとも。 和賀 どこが事実なんだよ! 女 まあまあ。あなた、ちょっと興奮し過ぎですよ。とにかく、人を侮辱するのはいけないわ。あなた、自分でもそう思うでしょ? 和賀 だから俺は、侮辱なんてしてないって…もういい。もうやめよう。とにかく、お前が何考えていようと、俺には関係ないんだ。 総統 何だと!? 和賀 だってそうだろ。さっき、そう決めたじゃないか。この二畳の中では俺が絶対権力者だ。お前の国の中でお前が絶対なように。 総統 そんなの認めん!! 女 あら、そんなのおかしいわ。この人の権限を認めなかったら、あなたの権限だって有名無実になるのよ。だって、結局同じなんですもの。 総統 違う。断じて違う!! 和賀 同じだよ。 総統 違う! 女 じゃあ、あなた飢え死にするつもりですか? 総統 何? 女 だって、もう、外に出られないんですよ。食料は、このテーブルの上と、台所にしかない。あなた、この人の国と仲良くしなければ食料を手に入れられず、飢え死にするしかないんですよ。 総統 だから、そんなの認めんと言っておる! 和賀 なら、俺もお前の国を認めない!ここは元々俺の国だ。侵略者は出て行け!! 総統 何を言う。その言い方なら、大元はこの人の物だ。それを私がお金を払って借りてるんだ。だから、我が国の領土だ。正式な権利により、非国民の、強制退去を命ずる!! 和賀 関係ないね。 総統 五月蝿い!出て行け!! 和賀 お前こそ出ていけ! 女 お二人とも出て行けないのよ。お忘れ? 間。 和賀 その御飯と味噌汁とスクランブルエッグは全部俺のだからな。 総統 待て。そっちは私のだ。 和賀 お前、スクランブルエッグも麩入りの味噌汁も邪道だって言ってたじゃないか。 総統 邪道だろうと何だろうと食料は食料だ。公平に分けろ。 和賀 俺が作ったんだ。 総統 金を出したのは私だ。 和賀 そんなの関係ねぇ!! 和賀、総統に掴みかかる。二人、互いの首を絞め合う。その間に、女、食器類を片づけてしまう。ひとしきり、首絞め合った二人、疲れて座り込んでしまう。 総統 食事はどうした? 和賀 ん? ちょうど、女出てくる。 女 あ、食器片づけましたよ。 総統 なんでそんな事するんだ!! 女 だって、あったって邪魔だし、喧嘩の元じゃないですか。 総統 だから貴様が一人占めか。ふざけるな!! 女 何言ってるんです。あなたたち、あの食料の所為で殺し合いしてたんですよ。生きるために死んでどうするんです。あなたたちのどちらかが管理すると、どうせまた喧嘩になるだけですから私が管理します。その方が良いでしょ? 和賀 それもそうかなぁ…。 総統 良くない!!いいか。食糧の管理は国家存立の基盤だぞ。食糧を自給できないがために、大国の言うがままにならざるを得なかった国がどれだけあると思う!?ここであの女の食糧管理を認めたら、我が国も、お前の国もあの女の言いなりだぞ!! 和賀 …そりゃそうだけど、 女 和賀さん。少し考えれば、どちらが理性的で平和的かわかるでしょ? 総統 自分の国が、いや、自分自身が腑抜けになってもいいのか!国家とは、国民がこの世界から切り取り定めたおのれの居場所だ。自ら、国家を放棄すれば、たちまち残酷で狡猾で危険と虚無に満ちた世界に飲み込まれるぞ!! 女 そんな、大袈裟なことばっかり。和賀さん。この人、もしかして気が違っちゃってるの? 和賀 …今まで気が付かなかったんですか? 総統 気違いとはなんだ!!我が国の名誉を汚すか!! 総統、女に飛び掛かる。女、拳銃を取り出す。もつれる二人。バン!! 女、ズルズルと崩折れる。総統の手に拳銃。 和賀 …やっちゃったのか? 総統 当然の結果だ。天罰だ。 和賀 どうするんだ、これ。(女の死体を指す) 総統 …吊ろう。 和賀 はぁ? 総統 天井から吊れ。 和賀 これを? 総統 そうだ。ロープか何か無いか? 和賀 有ったかなぁ。 和賀、台所に向かう。総統、女の服を探り、財布などを取りだしポケットにしまう。和賀が戻ってくる。手には、ホースを持っている。 和賀 これで良いかな。でも、なんで? 総統 (ホースを受取り、女の足に結びながら)血抜きをするのだ。 和賀 ??なんで? 総統 これは、天の恵みだ。神が我々を祝福して与えてくれた、マーナなのだ。 和賀 マーナ? 総統 聖書を知らんのか?神が、追いつめられた民に与えた恵みの食物のことだ。 和賀 何が食物なの。…(気が付き)食うの!? 総統 食う。 和賀 いや、でも、その、それは、ちょっと、まずいだろ? 総統 だからキチンと血抜きするんだ。血抜きしてないと不味くなるし、血が腐って毒になることもあるからな。(縛り終え)よし。お前、こいつを逆さに持ち上げろ。私が頚動脈を切る。 和賀 やだよ! 総統 何故だ。 和賀 だって、当たり前だろ?何考えてるんだお前!?普通、食べるか?人を! 総統 ならば、これをただ腐らせろというのか? 和賀 いや、そうじゃなくて。 総統 なら、どうするというのだ?何とか外に出て、日本政府に処理を任せろとでも言うのか?そんなことをすれば、奴等に我が国攻撃の口実を与えるだけだ!!そうなれば、お前だって同罪だ。連合国に負けた枢軸国の末路はどうだった?そうならないためにも、また、食糧を確保するという意味においても、この女は血抜きをして食すべきなのだ。 和賀 …でも、 総統 なら、こう考えろ。いいか。この女は、原始の女神なのだ。 和賀 は? 総統 原始の女神すなわち、ありとあらゆる物を生み出す根元の女神だ。あらゆる物がこの女神から生まれた。そして、我々も、この女から生まれたのだ。 和賀 生まれてないよ。 総統 当たり前だ。私は、そう考えてみろと言ったのだ。全てを生み出す神は、不滅の神だ。不滅でなければ、生成消滅のサイクルが止まり、世界は消えてしまってるはずだ。我々が、この女の死体に見える物を食べてしまっても、彼女そのもの、つまりスピリットは消え去ることはない。これを食うことで、我々は彼女と同化する。同化した物にスピリットが宿る。彼女の存在は、霊肉両面で我々と共にあり続けるのだ。 和賀 …何の宗教だ、それ。 総統 我が国の建国神話だ。だが、別に奇異な考えではないぞ。キリスト教徒を見ろ。彼らは、主たるキリストの肉と称してパンを食べ、血と称してワインを飲むカニバリストだ。それとたいして変わらん。 和賀 じゃあ、もし、この女を食い尽くしたら、次はどうするんだ? 総統 …その時は、神話に新たな頁が追加されるのだ。 間。 総統 えい!!血が固まってしまうではないか!もう良い。私が自分でやる! 総統、女の死体を逆さに抱え、テーブルに上り、ホースを梁に結ぼうとする。 総統 くそ。死体ってのはなんでこう重いんだ!! 和賀、そうっと台所に向かい金属バットを持ってくる。と、足音を忍ばせて悪戦苦闘する総統の後ろに忍び寄り、バットを振り上げ殴る。その瞬間。暗転。ゴスッ。 やさしい音楽の中、アウシュビッツ、南京での虐殺死体。広島の原爆投下後、等の破壊と虐殺のスライドと、ニュルンベルグでのナチスの大会や、文化大革命の中国、真珠湾攻撃成功に賑わう日本の人々、等激しいそう状態のスライドが交互に映し出される。スライドが終わりゆっくり明転すると、和賀が、総統の服を着て立っている。激しい拍手とシュプレヒコール。和賀、それを手で治める。 和賀 和賀帝国、万歳!! 歓声。 和賀 和賀帝国よ、永遠なれ!! 歓声。 和賀 ハイル、ヒューラー和賀!! シュプレヒコール。 和賀 ハイル… と、ドアをノックする音。歓声、ピタッと止む。間。また、激しいノックの音。和賀、総統の拳銃を手にすると、 和賀 誰じゃ? ドアが軋みをあげて開こうとする。和賀、驚いてドアを閉めようとする。 和賀 誰だ!止めろ、入ってくるな!!入国は許可せん!止めろ!来るな! 暗転していく。音楽。暗転し切ろうとする瞬間。 和賀 我が国バンザイ!! 和賀、拳銃を撃つ。 劇終 |
