※2000年の末に、私は自主製作映画に出演いたしました。経験の無い映画の世界。これはその体験を記したものです。 10/9 いよいよ、クランクイン。 監督夫妻とは会って打ち合わせをしているものの、他の役者やスタッフとは、ほぼ初対面。果たしてどんなことが待ち受けているのだろうか?期待と不安が入り交じる。 待ち合わせは141前。ちょうどこの日、141前のアーケードではアート展とかいう企画が開催されており、そこここに、自作のアートっぽいものを展示したり売ったりしている露店がある。 空は、雨。雨。雨。 なんともはや。最悪な出だしだ。 とりあえず、集合場所近くに車を止め中で待つ。しばらくすると、監督夫妻とスタッフらしき人が数人集まっているのが見え、車を出る。 監督夫妻と、音響一人、記録一人。スタッフはこれで全員。監督がカメラを持ち、奥さんが、助監督的な部分から制作的な部分まで受け持つ。自主製作映画では、これ位が普通なのでしょうか。 私の個人企画の公演の時も、役者も含め5~6人位で廻すことが多いのですが、雰囲気的に似ていて、親近感がわきます。 遅れて、共演する女優さんも来、全員で、八幡神社へ移動。神社の近くの景色の良いところで、青空の下のシーンを撮る予定だったが、 雨。ひたすら雨。 仕方なく、近所に住んでいる、監督の奥さんの妹さん(手伝いに入ってくれた)の部屋で、打ち合わせをしながら雨の弱くなるのを待つ。 一通り話し合い、あとは現場でやりながら、という段になっても、雨は止まない。 仕方なく、青空のシーンは中止とし、雨でも可能なシーを撮るために泉区の方へ移動することになる。 着いたところは、ちょっと田舎の方のバス停。バス停で降り、宿へ歩いていくシーンというのを撮る。着替えをし、メイクをしてもらい、傘をさしてバス停の前に立つ。 セリフは無いが、緊張する。久しぶりの芝居だ。フレームの中にはどう写っているのだろう?とにかく、ともすれば肩に入る力を抜きつつ本番を待つ。 監督はカメラを、音響さんは音響機材をセットする。けっこう、時間がかかる。 映像は、待ちが多いとは聞いていたが、確かにそうだと思った。 やがて”リハ行きましょう”の声。監督に大体の雰囲気を聞き、やって見る。 続いて、カメラの調整をしていよいよ本番。 何度か、同じシーンを繰り返す。 次に、同じシーンを違う角度から。 続くシーンを、色々な角度から。何度も何度も繰り返す。 こうして撮ったものの中から良い部分を集めるわけだ。 実は、上手くいったのか今ひとつわからなかった。自分の演技自体はともかく、それがレンズを通し、フレームの中に収まったときどう写っているのか、わからない。監督の「OK」の言葉を信じるしかない。芝居の舞台の上では、どう見えるか何となくある程度はわかる自信があるのだが、やっぱりこの辺も経験次第なのだろうな。 一時間ほどで、そのシ-ンを撮り終わる。時間は2時半くらい。 雨は、止んでいた。雲はまだ厚いが、撮影の終わりを待っていたかのようだ。 時間はまだある。 が、今日の撮影は終了となった。 「他のシーンとのつなぎが上手くいかなくなるので」とのこと。 これを聞いたとき、「映画ってのは、なんて贅沢なんだ!」と思った。 芝居も贅沢だが、贅沢の質が違う気がする。 芝居は、特別なきらめく瞬間を作るために長い時間をかけて準備をし、練習をする。だが、いかに時間と金をかけても、実際の演じられる芝居はその時、その場所にしか存在しない。 映画は、長い時間の中にあるきらめく瞬間をひたすら待ち、集め、組み合わせ磨き上げる。必ず、良いものが集まるという保証は何処にもない。その時、その瞬間で、良いものを反射神経で見つけ、集めるしかないのだ。 家に帰り着いた頃にはすっかり道も乾いていた。 さて、来週はどうなるのか? 10/16 撮影二日目。 (実はこの日、息子の保育園の運動会があった。残念だが、まぁ仕方ない。) 今日は、仙台駅裏のヨドバシカメラ前に集合。 音響の二人が来れなかったので、監督夫妻と、妹さんと、私と女優の小野さんの五人だけ。揃い次第、監督さんの車に乗って移動。 空は、曇り気味であるが、雲間から青い空ものぞき、先週に比べれば上天気だ。 東照宮の近所の文具店でロケ。 お店のおばあさんは、「どうぞ好きなだけやって下さい。お客さんもほとんど来ませんから。(笑)」と、言いにくいことを朗らかに言って店を開けてくれた。(と言っても、店の前のシーンだけなのだが…。)ここで小野さんの役と出会う前のシーンを撮影。 この辺もセリフ無いのだが、やけに緊張する。正午前終了。さらに移動する。 近所の路地で、小野さんの役と出会うシーンを撮影。 「はしゃぐ」ことの解釈のズレで一時滞りかけるが、その後順調に進展。二時頃終了。 セラビ幸町(coopの大型店)で昼食。その後、小野さんが用事のため地下鉄駅まで送っていき、その後利府の県民の森に向かう。 県民の森を頂上まで登り、そこで積んできた自転車を降ろす。 坂道を自転車で下るシーンを撮るのだ。 眼鏡を外し、撮影スタート。けっこう恐い。対向車も時々ある。坂道は曲がりくねり、突然急勾配になったりして、気がつくと顔が強ばっていたりする。ハンドルを監督が握り、奥さんがカメラを持つ。 動くものの中で動くものを撮るのはかなり難しいのだが、一発OK。さすが。 もう一度上に登り、今度はややアップ気味の絵を撮る。さらに難易度はアップする(演じる側は変わりないが)が、今度も一発OK。 最後に、帰り道の途中でもう一つ短いシーンを撮って終了。 予定通りに進んだ。前回がひどかったので、なんだかとっても運が良かったような気がする。これからも、こんな調子で進んで欲しいものだ。 10/17 今日から、もう一人の共演者小笠原さんも撮影に参加することになる。 集合は、八乙女駅前。 「小笠原さんが来るよ」というと、妻が「じゃあ行く」と息子と一緒に見学することに。(妻はちょっと前、小笠原さんや小野さん等と一緒に芝居しているのだ。) やっと、フルメンバーが揃うことになる。 車に分乗して移動。今日は泉ヶ岳へ向かう。 途中の道すがら、道端にバスが止まっている。見ると、ぬいぐるみの猿を着た人が、バスの客から餌をもらっていた。 もう少し行くと、道端に看板「ジェロニモこの先」??? その先の道端に、ハーレーの傍らに立つインディアン。まさにジェロニモという感じ。 さらに行くと、道の両脇に「ヤマンバ付き芋煮」の看板。 ヤマンバは見なかったが、きっといたのだろう。 何だここは?頭の中にクエスチョンマークが大量生産される。 泉ヶ岳の中腹の景色の良いスキー場でやたら走り回るシーンを撮る。特に小野さんが何度も走り回らされる。見た目はなだらかなスキー場だが、足場は悪く、走りにくい。私は、小野さんの三分の一くらいしか走り回らなくてすんだ。ラッキーというか何というか。 途中、行楽客や登山客が通り過ぎ、何度か撮影中止することになる。近くのキャンプ場は芋煮会で大賑わいだったので、その客が散歩でブラッと来たらしい。思いの外、時間がかかってしまう。 撮影終了後、その後の木登りのシーンを撮るため仙台を横切り太白山へ向かう。途中で、遅い昼食(二時くらいになっていた)を撮った時点で時間切れ。今日も小野さんが用事あるため、八乙女駅に降ろして、今度は新興住宅地の広めの公園で、絵を描く場所を探すシーンを撮る。 言い忘れたが、私の役は趣味で絵を描いたりする奴なのだ。 同じ場所で、カメラの位置をいろいろ変えて撮る。雰囲気の違うシーンに見せるのだそうだ。映像の不思議。どんな風に出来上がるのか、楽しみだ。 終了後、そこで解散。妻と息子と一緒に帰る。 今日は、つくづく、映像の人達の瞬発力というか反射神経というかそういったものを感じた。パッと行った場所で、(ロケハンはしただろうが)より良いアングル、取り方を考え、予定通りでなかったら、その場でどんどん変えていく。 音響さんも、気が付くといろいろな音を集めていた。森の音や水の音や…。使うかどうかはともかく、とりあえず押さえておこうという姿勢はすごいと思った。 見習うべきところだと思った。 10/22 今日も快晴。やや風は涼しいものの、朗らかな秋晴れだ。 集合は、駅裏ヨドバシ前。待ちながら、LAOXの液晶ビジョンでパラパラを踊るオヤジのCGをぼんやり眺める。よくできてる、が、気持ち悪い。最近、やたら実写的なCGのCM等が多くなってきている。一回データを取ってしまえば、繰り返し好きなだけいじれるし、役者の生理的物理的限界に囚われずなんでもやらせられる(パラパラオヤジでも。露天風呂の中で踊るオヤジがいた)というのが大きいのだろうな。 CGアイドルを使ったCMもあったし、今後益々増えるのかもしれない。淋しい話だ。 閑話休題。 今日のメンバーは、小野さんと監督夫妻、音響の高橋さんと馬場さん。高橋さんは現地集合。車に便乗して移動開始。最初は利府の温泉宿だ。 程なくして、現場に着き、監督がカメラを用意していると宿のはっぴを着た赤ら顔のおじさんがフラリと現れ、声をかけてきた。 「うちは、古いよ。田村麻呂公の頃からだからな。1200年だ。」 「どんな話なの。何撮るの。」 監督が説明すると、 「(主人公は)女と来るのか?女は出ないのか。デュエットで出さないとダメだぞ。」 「おれも作曲するし、こないだはTVに出て歌ってきたんだ。」 「うちは芸能人もお忍びでよく来るんだ。鳥羽(一郎)とかな。この間は美川憲一が来た。」 監督がやっぱり派手でしたか?と聞くと、しばし記憶をたぐるような顔をして一言。 「派手だったな」 顔を見ると、どうにも一杯やっているように見えてしょうがないのだが、まあいい。 ここの入り口を主人公が泊まってる宿と仮定しての2カットほどを撮影する。 撮影中、ひっきりなしに客が来る。家族連れ、マイクロバスで乗り付ける老人連。その度に中止しつつ、かいくぐるように撮影。撮っている後ろの棟からカラオケの音が聞こえだしたりして慌てるが、つつがなく撮影終了。 宿の駐車場で早めの昼食をとる。 食べながら今後の話をしているうちに、映画の話になる。いろいろ話していると、みんなけっこうヲタクぽいことがわかってくる。(この辺異論のある方もいるでしょうが、あくまで私の感想として読み流して下さいませ。)結論は「デビット・リンチは良い」だった。 その後、近くの団地の眺めのいい公演の東屋で、小野さんの役と私が、団子を手に話すシーンを撮る。 はじめに団子オンリー撮りをするが、なかなか決まらない様子。 「やっぱり三脚がないと」 「光が足りない」 結局二人がかりでレフで光を当てつつ三脚で撮るという、公園に散歩に来た人がいたら怪訝に思うような大がかりな感じで撮影終了。 その後に二人のシーンを撮る。ここで問題発生。 まあ、食べながらのシーンなのだが、二方向から撮るため二回廻すのを忘れて、私が一口食ってしまったのだ。しょうがなく、ズンダを足し、それらしく見せる。 ここもつつがなく撮影終了。けっこう快調だ。 次にさらに奥に入った田圃の中の道を二人で自転車を押して歩いたり、走っていく牧歌的というか、青春的なシーンを撮影する。 川沿いのシーンなのだが、その道が砂利敷き。一回撮ってみるが、どうしても監督と音響さんの足音が聞こえる。 監督が一言。 「靴脱ごう」 音響さんの顔が一瞬にして固まる。 こういうとき、役者でよかったと心から思う。 とは言え、役者があまり迷惑かけられないと思ったものか、監督と音響さんが足裏を刺激されて集中力が高まったのか、速やかにOKが出る。 同じところを使って別なシーンをいくつか撮る。 時間帯のせいか、全く車が通らないと思われたそこの道を車が割と頻繁に(といっても10分に一台くらいだが。)通るようになる。これにけっこう苦しめられることになる。 特に監督と音響さんが。 黙々と自転車を押し、さぁ台詞、という絶妙なタイミングで車。 それも二回。同じNG。その度に監督さんと音響さんは砂利道を靴下一枚で行ったり来たりすることになる。 三度目、なんとか車にも邪魔されず、無事撮影終了。 これで、全日程終了。 もう、日は西の山の端に掛かっていた。 帰り支度に車に戻る。妙に臭い。当たり前で、車を止めた近くに堆肥置き場があったのだ。それは、まあいい。車を開けて、しばらく着替えしたり荷物積んで、さあ行こうと見たら、 蠅、蠅、蠅、蠅、ああ、ベルゼブル様ぁ!! みんなで、蠅を車内から追い払うためにしばし奮闘。なんとか追い払い、隙を見せず乗車。ほっと一息の目の前を、蠅。 「まあいい。走りながら追い出しましょう。」 監督の言葉で出発。仙台への帰路についた。 11/5 うををををををを!ラヂコン野郎なんて死滅してしまえええええ!!!!! ゼェゼェゼェ…。興奮してしまった。すみません。 今日も快晴。二週間ぶりの撮影だ。 先週も撮影はあったのだが、私が仕事で参加できなかったので、小野さんの一人のシーンを抜きで撮影したとのこと。 今日は、いよいよこの映画の見せ場の一つ。小笠原さん扮する恋人役と、私が再開するシーンの撮影だ。妻を始め、スタッフ皆楽しみにしているシーンである。たぶん、役者以上に。 (妻は息子が騒ぐといけないのでと、今日は不参加。だいぶ残念がっていたが…。) 141前で集合。ほぼフルメンバー。車二台に分乗して移動開始。 行く先は色麻町某所。高速使って1時間強。 自衛隊の演習場とやくらい温泉のある近くと考えていただければ間違いない。山に囲まれた減反で荒れ地と化した田圃の中の重機置き場が撮影場所だ。実に、殺風景。緑が一杯なのに、殺伐とした感じを受けるのは秋だからだろうか? 高速を大和インターで降りて、そこで小笠原さんと待ち合わせ。映画で使うバイクに乗って来るとのこと。 待つことしばし。ハーレーダビットソンに革ジャンとジーパンでまたがり、ドイツ兵風のヘルメットに防塵マスクをつけて、ハーレー独特の爆音を響かせつつ小笠原さん登場。その姿は「イージー・ライダー」そのもの。バックにロックが聞こえた気がしたのは私だけではあるまい。 小笠原さんは、先日解散した劇団*翔王シアターの看板役者の一人だった方で、妻の紹介で今回の映画に参加することになったのだが、妻の評価は、 「とにかく役者バカ」 というものだった。(微妙に言い回しは違ったかもしれない。) 今日、共演してみて、「ああ、やっぱりこの人は役者バカだ」と強く感じた。 小笠原さんのシーンは1シーンだけなのだが、撮影が始まるや「監督、こんなのはどうですか?」と、様々なアイデアが出てくるのだ。それも台本上の指定ではなく、自分で役に入り込んで考え出したものばかり。 そして、それはどれもきっちり自分の生理、役者体から生まれ出たものらしい。話を聞いてるときは「くっさー!そこまでやるかぁ!?」と思えるようなことが、実際演じる段になると、これがどれもびったりはまっている! 共演すると、とてもやりやすい。私はどちらかというと、共演者や台本などに影響受けやすい、つい受け身になりやすい質なのだが、小笠原さんの演技はとにかく徹底していて余計なこと考える隙が無く、安心して演技に没入できるのだ。 案外出来上がってみると、一番印象に残るのは小笠原さんかもしれない。 いや、まじで。 現場に着くや、すぐ撮影開始。 空は朗らか。撮影は順調に進む…かに思われた。 午前中、いくつかのシーンを撮影。ブイーン。 ふと空を見るとどうやら、ラジコンを飛ばしているらしい。気持ち良いだろうな、電信柱もないし、空は広いし、空は快晴だし。音がする間、待って音が止んでから撮影再開。 小笠原さんの役と再会するシーンは順調に着々とブイーン撮影が続く。 他のシーンは基本的にブイーン長廻しで撮ることが多いのだが、今回はさすがに様々な角度からの絵をブイーン組み合わせるらしく、ブイーン細かくシーンを分けながらブイーン撮影してブイーン うるさ~い!!!いい加減にしろ!! ブイーン!!ブロロロローン!!ブーン!!! 見れば、すぐ近くの丘の上に車が数台止まっていて、どうやらそこからラジコンを操作しているらしい。三機位を交代で飛ばしているらしく、十分ほど飛んで二三分の沈黙後、再び十分ほど飛行を繰り返す。 とりあえず、待ちながら隙を見て撮影を続けていたのだが、そのうちそうも行かなくなってくる。 どうやら、太陽が雲にかかって出ていないときはラジコン飛行機が飛ばないようなのだ。理由はわからない。 「たぶん、向こうも撮影をしているんでしょう。」との説が出た。たぶんそうなのだろう。 だが、こっちだって太陽が出ているときに撮影したいのだ。上に書いたように、このシーンは見所の一つ。光にもこだわりたい。 そこで、太陽が雲から出てくる瞬間を狙う、が、太陽が出るとラジコンが飛ぶ。 ラジコンが飛ばなくなると、今度は太陽が雲に隠れてしまう。 太陽が出るとラジコン飛ぶ、ラジコンが止むと太陽隠れる、太陽出るとラジコン飛ぶ…。 ああ!もう、鬱陶しい!! おかげで午後からほとんど撮影が止まってしまう。 それをあざ笑うかのように、また、見せつけるように、ラジコン飛行機は頭上を飛び回る。 温厚な監督も珍しく怒りを顕わにしていた。 役者もスタッフも、皆いらだちを隠せない。 もしも、呪いが電波なら、あのラジコン機は全部墜落していたはずだ。 残念ながら、メンバーに強力な電波を出せる人はいなかった。 向こうもたぶん、大会か何かやっていたのだろうと思う。運が悪いとしか言えないことではあるのだが、しかし、こちらも時間的な余裕は全くない。 次回の撮影で、クランクアップなのだ。 残ったシーンは、その後に仕切り直しで撮影することになるのだが、スケジュール調整が難しくなるため、今日明日で出来るだけの撮影を終えなければならない。(私だけのシーンはいくつか残っているのだが、それは室内のシーンが多いし他の役者は出ないので、クランクアップ後に廻されているが、他のシーンではそうはいかない。) その押し迫った状況で、このロスは痛かった。たぶん、ラジコン機が飛ばなければ、予定を全部こなした上で、次回の分もいくらか撮れたかもしれない。時間にして2~3時間は無駄になってしまったのだ。 来週の撮影は、無事終わるのか? また、妨害が入るのか? 無事クランクアップを迎えることは出来るのか? 乞う、御期待! 11/12 いよいよ、仮クランクアップである。 役者・スタッフのスケジュールが合わないため、共演するシーンは今日中に撮影を済ませなければならない。 時間の余裕が無いため集合時間を30分早め、8:30に141前に集合。 空は曇り空。朝の空気は身を切るようだ。無事予定をこなせるのか? 全員集合後、移動開始。今日は盛りだくさんだ。 最初は、太白区と村田町の境にある牧場で、映画の最後のちょっと良いシーンを撮る。 ちなみに、許可は取ってない。 程なく、牧場の近くに来るが、牧場に登る道の入り口が鎖で閉ざされている。皆に、心なしか緊張が走る。とりあえず、荷物をみんなで持って道を登る。 登るにつれ、牧場が見えてくる。柵に囲まれた斜面に牛。じっとこっちを見ている。 さらに登ると、牛。また牛。みんなこっちを見ている。登っても登っても牛の視線が変わらない。 私達の動きに合わせて顔を動かしているらしい。銅像の様に見える。 「ああ、牛だよ。これが牛だよ。」思わず独り言。 頂上の眺めの良いところに出る。レストハウスがあるが、閉まっている。 そこにある、手頃な高さの松の木で登ったり落ちたりするシーンを撮るのだ。 木登りは久しぶりだったが、以外と登れるものだ。しかし、繰り返すうちに左腕が痛くなってくる。 「年だなぁ…。」と呟いたら、「そんなこと言わないで下さいよ。傷つく人もいるんですから。」と言われた。そういえば、監督夫妻とはほぼ同年代だった。 練習、リハ、本番と何カットか撮るうちに木の肌のガサガサが落ち、滑らかになり、滑りがちになる。そうこうするうちになんとか終了。 次に、小野さんの役と語り合うシーンを近くのベンチで撮る。 しかし、寒い。無茶苦茶寒い。 本番以外は、コートが手放せない。歯の根が合わなくなりつつある。まずい。 このシーンは、ポカポカ陽気の太陽の下で朗らかと語り合うシーンなのだ。 見れば、テーブルの上に、おにぎりと湯気が立つコーヒー。小道具だ。 リハが始まる。語りながら、おにぎりを一口。美味い!美味すぎる!! コーヒーを一口。温かい!!感動!! シーン的には一口二口で良いのだが、気がつくとほとんど一個食べてしまった。 「良いですよ。本番用は別にありますから。」 役得とはこんな時のためにある言葉なのだろう。役得役得。 ちなみにこのシーンは、一番従来の私らしくない私が見れるシーンだと思う。お楽しみに。 なんとか撮影を終え、移動を開始する。次は、色麻再びだ。 コンビニで弁当を買い、移動の車内で昼食。 ちなみに、前に撮り直すことになっていた小笠原さんのシーンは取りやめることになった。 「撮影成功した分で何とかやってみます。」とのこと。 時間的に余裕が無いので、撮らなければならないところを優先することになったのだ。 心配なのは、例のラジコン野郎だ。またいたらどうしよう。 「その時は、まあなんとか撮りますよ。」と監督。 何となく、悟りを開いたような軽さが感じられるのは気のせいか? どのみち時間の余裕は無いのだから、いようといるまいと撮るしかないのだ。 やがて、現場に着く。 ラジコン野郎は……いた…。爆音を響かせ、飛んでいくラジコン機。 まぁ、いいさ。撮るしかないのだ。 ここで、小野さんの役とのシーンを何カットか撮るのだが、詳細は秘密。ここも実に私らしくないシーンの一つだと思う。ちなみに、一時期某掲示板で話題になった「うふふふ。あははは」なシーンとだけ言っておこう。 ラジコン野郎は、思いの外邪魔にならない。今日は薄曇り。前回のように晴れと曇りがはっきりしてないから、時間を奪い合うこともない。 ラジコンが一頻り飛び、降りて給油やなんかしている間を見計らって撮影。 撮影が一段落すると、見計らったように飛行機が飛ぶ。 ああ、なんだか時間を分け合っているみたいだ。 我を捨てて、運命を受け容れれば平穏な日々。色即是空空即是色。諸行無常の鐘の音。 順調に撮影は進み、日没前に撮影終了。 美しい夕焼けだ。 体験記、これにて完。 とはいかない!! これから、音撮りが残っているのだ。手紙を読んだり、ナレーションをしたり。 とりあえず、141へ戻る。近くの駐車場に車を止め、荷物を持って移動。 音撮りは141の五階、エルパーク仙台の音響スタジオでやるのだ。 小野さんは用事で中抜けし、あとで合流するとのこと。私の分だけ先に撮ることになる。 音響スタジオは、いつもはバンドの練習などに使われているのだろう。ドラムセットや最低限の音響機材が揃っている。軽い晩飯をとり、早速音撮りを始める…が、 音が響く。”音響”スタジオとはいえ、通常は壁で音を吸収する構造になっており余計な音が響かないはずなのだが、ちょっと大きな声を出すと残響する。 いろいろ探ると、ドラムセットのドラムが声に共鳴してしまうことがわかった。声の向きを変えたり、ドラムをはずして服を載せたりして響くのを止め、音撮りを再開。 その後は順調に進み、一通り音撮りが終わる。 一応確認のため、再生してみる、と、 聞こえない。 撮れてない。 !?!?!?!?!?な、なにがなんだか!?!?!?!?!? どうやら、新しくおろしたDATのテープが上手く動かなかったらしい。ビデオテープでもそうだが、時間の長い新しいテープは、一度全部早送り巻き戻しをしてテープに空気を入れておかないと、上手く回らないことがあるのだった。 大ショック!! とりあえず、一度テープに空気を入れ試してみると、録音は出来るようだ。 しょうがない。気を取り直してもう一度撮り直す。 ちょうど小野さんも来たが、三十分だけ時間を潰してもらう。 録音開始。ガタガタ。ゴトゴト。音がする。 その日、エルパークのギャラリーホールで芝居の公演があったのだが、そのバラシが始まったらしい。遮音しているはずなのだが、壁の隙間か壁自体からゴトゴトと響いてくるらしいのだ。 監督が頭を抱える。 だが、とにかくやるしかない。 音が静まる隙間を狙って、録音。何度か繰り返し、なんとか終了。 このあと、小野さんの録音が続いたのだが、私は一足先に帰ることにする。 これで、一応のクランクアップ。 長い一日だった。 そして、あっと言う間の一ヶ月だった。 まだ、私一人のシーンがいくつかあり、後日撮影することになっている。 総まとめ的な感想は、その後で改めて書きたいと思う。 とりあえず、皆さんお疲れ様でした。 次回、怒濤の(?)最終回!! 12/11 いよいよ、最後の撮影だ。 芝居でもそうだが、始まってしまえばあっという間だ。 今日は、私一人いれば撮れるため後回しにしていたソロのシーンを撮影する。 空は、あいにくのくもり空。昨夜から寒波が入って来たらしく、急に冷え込み、待ち合わせの青年文化センターに行く道すがら、吹き付けてくる風に雪が混じる。 待ち合わせ場所には監督一人。音響的に凝る場面でもないため、監督一人で切り回すとのこと。監督の車に便乗して移動。 最初の撮影場所は、近くのバス通りにあるバス停。周囲は、普通の住宅団地である。これまで、基本的に人が少ない(ないし、いない)場所でのロケがほとんどだったので緊張して来る。 ここでは、バス停にたたずむ姿を2カットと、完成後にビデオのジャケットに使う写真を撮る。 バス停でカメラの準備ができるのを待っていると、雪が少しずつ強くなって来た。雲は薄く日光が時々強まるから、俄雪みたいなものらしい。道に邪魔な車が停車したこともあって、一時近くのビルの軒下で雪宿りをする。 「桜が散ってるみたいですよ。」 監督がそう言って、カメラのファインダーを覗かせてくれた。今回の映画で、自分の芝居を見るのは初めてだ。なんだか恥ずかしくも、また、自分でないような気もする。たたずむ私の周囲を舞う雪。確かに桜吹雪のようだ。なかなか良い。映画はこれが出来るんだなぁ。 「撮ろうとして撮れるものじゃないです。普通はシナリオ段階で天気の描写はいれないんですよ。」と監督。 そりゃそうだ。指定したは良いがそれを待っていたらいくら時間があっても足りない。製作費ウン兆円とかの映画なら天気だって作っちゃうだろうけど、自主製作ではそうも行かない。今回のこの雪は、だから天佑と言うべきだろう。 これは余談だが、芝居の公演には、以外と雨や雪が多い。それを(如実に集客数に影響するから)不運と考える人がほとんどだろうが、私は、ある意味祝福であると思っている。今回の撮影でも、カメラが回ると雪が強まったりしていた。昔やったテント芝居でも、良いシーンでザザーッと強い雨が降り、シーンを盛り上げてくれたりした。雨の神様は、芸事が好きらしい。いつも協力的とは言えないが、感謝してしかるべきなのかもしれない。 通行人や、バスが来る度に休止しつつ撮影終了。途中で昼食をとり、青年文化センターへ移動する。 今度はセンターの和室で、部屋の中のシーンを撮る。 「申し込みの時、結構怪しまれました。」 和室で映画の撮影をしたい、と言って申し込んだら、遠回しに色々内容について聞かれたらしいのだ。たぶん、受付の職員の頭には、和室で組んずほぐれつする男と女の姿が浮かんでいたのではないだろうか。ビデオカメラによる映画撮影では、この手の誤解を受けることは、非常に多いと言う。ビデオ作品と言ったら、やっぱりあの手のものの方が大量に流通しているからなあ。 ともあれ撮影開始…しようとすると、結構うるさいおばさんの声がする。 ここは三部屋の和室が、ふすまで仕切られてる状態なのだが、一つ飛ばした端の部屋で、着付け教室かなんかやっているらしいのだ。逆にこれがあったので、予約の時、残り二部屋を一緒に借りていくらかでも静かな状態にと考えたらしいのだが、 「…結構うるさいですね。…まぁいいでしょう。」 旅館の一室という設定なので、これでも可と考え、撮影開始。 ここでは、これまで撮影で使わなかった機材、ライトが活躍した。といっても一灯だけだが、角度や当て方を調整しつつ、空間の雰囲気を変えていく。これまで天日の下でやってきたので、ちょっと奇異な感じ。でも、ある意味こっちの方が、映画の王道なのかもしれない。 1カット撮影したとき、離れの着付け教室に、なにやら異変が! 何のことはない、撤収を始めたのだ。開始して1時間程か。習い事ってこんなものなのかな。片づけの気配がしばし続き、シーンと静まり返った。 「天は我々を見離さなかった!」監督が笑みを浮かべる。撮影後半では、周囲の音に散々苦しめられただけに、これは本当にラッキーだった。 ここでは、3カットほどを撮影。4時くらいに撮影終了。 これで、今回の撮影体験は無事終了することとなった。 とりあえず、役者の作業は全て終了だ。だが、監督にとってはこれからが正念場だと言える。 「だいぶ時間かかると思うので、完成は気長に待って下さい。」と監督。多分、春頃になるだろうとのこと。上映などの予定は立ってはいないが、完成してから知り合いの上映会などに出品したりして行くとのこと。 楽しみだ。そして、少し寂しい。 とりあえず、この撮影体験記はこれにて「完」 蛇足 今回、初めて映画に参加して、舞台での芝居と似て非なるものなのだなという思いを、改めて感じた。確かに、台詞を覚え演じるという点では同じなのだが、それ以外の点では本当に大きく違う。 特に違うのは、演技へ向かう役者の動機付けのようなものだ。 今回、特に感じたのは、映画は瞬発力が命だと言うことだ。 芝居では、稽古を通じて、全ての台詞、動きを役者が意識化し、無意識化する必要がある。それが出来ないと、演技がぎこちなくなり、芝居が成立しなくなることもある。 だが映画では、この意識化が演技を嘘臭くすることもあるのだ。むしろ、なにも先入観持たず、大体の方向性だけ捕まえて置いて、あとはカチンコが鳴ってカットされるまでの瞬発力で走りきる方がリアリティに繋がるようだ。 芝居は、コンスタントにきらめく一時を作るために、長い稽古をする。 映画は、きらめく一瞬を集めて、きらめく一時を作り上げる。 そんな違いがあるように思う。 そしてなにより、芝居では、役者が最後に客に対して責任を持つ(演出の責任はあるが、本番中に芝居をどうこうできるのは役者だけだから。)のに対し、映画は、監督が全ての責任を握っていると言う違いは大きいだろう。 芝居は役者無しでは成立しない。映画では、役者は様々な構成要素の一つに過ぎない。 ベテランの役者が、メガホンを握りたがるのは、案外この辺に理由があるのかもしれない。 「もし機会があったら、これに懲りず、また映画にも出てみて下さい。」 監督はそう言ってくれた。 近くて、しかし、全く違う世界。本当、機会があったら、またフレームの中で彷徨いてみたいと思う。 とりあえず、監督、監督の奥さん、音響の高橋さん、馬場さん、小笠原さん、小野さん、その他、撮影でお世話になった皆々様、本当に、お疲れ様でした。 完 |
